●サンプラーの元祖とも言える楽器。元々は倍音加算方式により音作りをするシンセサイザーを目指していたが,途中からサンプリングや波形描写(ウェーブ・フォーム・ドロウィング)の要素が入っていった。初期モデルは QASAR(日本ではカーザーと発音、開発者本人はクエィザーと発音していた)と呼ばれるデュアル・プロセッサー方式の楽器(グラフィック・コンピューター?)であった。
●FAIRLIGHT 社の社名は創立者のピーター・ボーゲルとキム・ライリーが港の見える場所で話していた所,目の前をフェアライト号という名前の水中翼船が通過したのを見て『フェアライトって名前にしよう!』と即決したという。
●FAIRLIGHT は 8 ボイスのシンセサイザー/サンプラーである。各ボイスには大容量(!)の 16 K バイト(メガではなくキロね)の RAM を搭載し,2 つのプロセッサー間には 4 Kバイトもの共有メモリーを持つ,という当時としては非常に豪華な仕様の製品であった。
さらに,コンピューターのワーク・エリア用には 64 K バイト,グラフィック・ディスプレイ用には 16 K バイトのビデオ RAM も搭載している。
●コンピューターにはモトローラの 6800 というチップをメイン・コントロール用に 2 個使用している。また,キーボードの管理に 1 つ,アルファ・ニューメリック・キーボード管理に 1 つ,さらに IIx では Midi 管理に 1 つコンピューターを使用している。
●FAIRLIGHT では現在の楽器のエディット機能のように,色々な機能を『ページ』として使えるようになっている。たとえば,ページ 2 はフロッピーの音色管理ページ,ページ 8 はサンプリング・ページ,といった具合である。以下に各ページの機能を示す(詳細については、上部にある各ページの解説ボタンを参照)。
ページ 1:インデックス・ページ そのソフトのリビジョンにある各ページ機能の一覧。
ページ 2:ディスク・コントロール フロッピー・ディスクに登録された音色データやシーケンサー・データの管理をおこなう。
ページ 3:キーボード・コントロール 読み込んだ音色を鍵盤上のどこに配置するかや,その音のチューニングをおこなう。
ページ 4:ハーモニック・エンベロープ 1 ~ 32 倍音までをペンでグラフのように画面に書き,音作りする。
ページ 5:ウェーブ・フォーム・ジェネレーション 1 ~ 32 倍音の混ざり具合を,単位時間(=セグメント:音が出てから消えるまでを 32 または 128 セグメントに分割)ごとに棒グラフのようにしてペン(または数値指定)で書き,音を合成する。
ページ 6:ウェーブ・フォーム・ドロウィング 波形を単位時間(セグメント)ごとに直接ライト・ペンで画面に書き(数値指定も可),音を合成する。
ページ 7:コントロール・パラメーター 作った音に対するビブラートやベロシティーによる音量変化,またループ等を設定する。
ページ 8:サウンド・サンプリング サンプリング・ページ。
ページ 9:シーケンサー エディット機能無しのリアル・タイム・シーケンサー。もちろん使いものにならない。
ページ D:ウェーブ・フォーム・ディスプレイ 波形を 3D 的に表示する。
ページ L:ディスク・ライブラリー フロッピーで作成したデータのライブラリーが作れる。
ページ C:コンポーザー シーケンサー用の言語『MCL』(Music Composition Language)のページ。
ページ A:アナログ・インターフェイス オプションの CV/ゲート・インターフェイスをコントロールする。
ページ R:リアル・タイム・コンポーザー シーケンスをドラムの打ち込みのように作っていけるシーケンサー。
以上のページ以外にもインデックスに表示されない,ページ T やページ S がある。ページ S は接続したプリンターのコントロール・ページ,ページ T は FAIRLIGHT 内部のステータス情報を表示するメンテナンス・ページとなっている。
●FAIRLIGHT のバージョン・アップは,システム・ソフトを交換することにより色々な機能を追加/修正しておこなわれていった。日本で最初に入荷したソフトの Rev(リビジョン)は 8.0 であった。このソフトには倍音加算方式,波形描写,サンプリングの他に,リアル・タイム・シーケンサー(エディット機能無し)とプログラマブル・シーケンサー(リアル・タイム入力不可能)の2つのシーケンサーが搭載されていた。
Rev 9 は 8 の修正版だったが,Rev 10 からはドラムのリズム・パターンのように使え,しかもドラム以外のパートも打ち込み可能なシーケンサー,ページ R が登場した。シリーズ II では Rev 11 が最終版となり,シリーズ IIx から Rev 12 のソフトが採用された。このシーケンサーが現在のほぼ全てのシーケンサーの基礎になったと言える。
Rev 12 からは Midi のコントロールや,サンプリングした波形を倍音加算方式のシンセサイザーに変換する FFT の機能が付加された。
また FAIRLIGHT は度重なるバージョン・アップのためマニュアルの追加/修正/削除が印刷物では間に合わなくなり,途中から全てのマニュアルをシステム・ディスク上のヘルプ・ファイルに入れてしまった。これにより,どんな機能を使っていても H<リターン>を打つことにより,即座に使用方が画面上に表示されるようになったのである。
●FAIRLIGHT I ~ II ではサンプリングと倍音加算方式には関連性が全くなかった。たとえばサンプリングした音を倍音加算に置き換えて音を作るといった事は不可能だった。これができるようになったのはシリーズ IIx からである。IIx ではサンプリングした音を解析し,それをもとにページ 4 ~ 5 で音を作るといった高度な手法が可能になった。
●FAIRLIGHT I ~ IIx ではキーボードへの音色アサインが 1 オクターブ単位でしかできない。したがってストリングスのようにサンプリング・ポイントが細かくないとサウンドが汚くなってしまうものの場合,各オクターブごとに完全 4 度くらいの音程でサンプリングしたサウンドを割り振っておき,演奏した。
たとえばドレミは一番下の音域で弾き,ファソラはオクターブ上,シドレはさらにオクターブ上で弾くというようにするわけだ。この場合早い演奏だと難しいので MCL などのシーケンサーでフレーズを演奏させたりしていた。今では考えられない手法である。
●8 ビットの FAIRLIGHT にはシリーズ I ,II ,IIx の 3 種類のハードがある。シリーズ I では周波数特性が高域で 12 KHz までと低く,不評であった。この周波数特性を 16 KHz まで上げるためにボイス・カードの交換をしたのがシリーズ II である。この時点でオプションとして CV/ゲートのインターフェイスも発売となった。また,このハードを Midi/SMPTE 対応にしたのが IIx という機種である。IIx ではコンピューターを 6800 から 6809 に変更している。なおこの Midi/SMPTE ボードは 16 ビット機のシリーズ III でも使用された。
●最も有名なサンプリング機能だが,FAIRLIGHT では 8 ビットでサンプリングをおこなうため,入力した音は 256 段階(実際使用されるのは 255 段階)のデジタル・データとしてメモリーに記録される。ただし内部にはコンプレッサー/エキスパンダーが搭載されており,精度的には約 10 ビットの特性を持っている。
またサンプリング・レートは 2100 Hz から 30200 Hz(= 30.2 KHz)までで,通常は 16 ~ 20 KHz 程度でサンプリングをおこなっていた。メモリーは 1 音につき 16 K バイトなので,20 KHz でサンプリングするとサンプリング・タイムは 1 秒以下となる。
●FAIRLIGHT のサウンドは 8 ビットのメモリーを 10 ビット相当にするためのコンプレッサーの効果で,妙にリミッターのかかったようなつぶれた音がする。また,当然高域特性も良くない。しかし,このローファイ・サウンドはかなり特徴がある。
●FAIRLIGHT のフロッピー・ディスクは 1 枚で約 15 ~ 20 の音色データを記録できる(シーケンス・データなど,他のデータがどのくらい容量を食うかによって記録できる音の数は変わってくる)。購入時に付いてくる音色ディスクは 29 枚で(時期により枚数は違う)以下のようなジャンルに分かれている。
1:キーボード 1
2:キーボード 2
3:ピアノ
4:ギター
5:ベース
6:ドラム
7:シンバル
8:パーカッション
9:マレット 1
10:マレット 2
11:ロー・ストリングス
12:ハイ・ストリングス
13:トレモロ・ストリングス
14:ピッチカート・ストリングス
15:ブラス
16:ブラス・フォール
17:リード
18:ウッド・ウィンド
19:ヒューマン 1(ボイス,コーラス系)
20:ヒューマン 2
21:ベル
22:アナログ
23:アニマル
24 ~ 27:エフェクト 1 ~ 4
28:モード 1
29:ウェザー(雷や雨などの効果音)
●ファクトリー供給のサウンド・ディスクの中にはオーケストラ・ヒットとして有名なサウンドも含まれている。この音は”ORCH5”という名前で呼ばれていたが,誰が言い出したのか,いつの間にかオケ・ヒットの名前で呼ばれるようになった。
ORCH5 のサウンドはカラヤンが指揮したベルリン・フィルの音を FAIRLIGHT が許可を得てサンプリングした,ということになっていたが,本当なのかどうか...
●人の演奏したサウンドをサンプリングし,それを素材として使う,というのは当然 FAIRLIGHT ユーザーが考え付いた方法だ。しかし最初のころ,表立ってそれをやろうとする人はいなかった。なぜかというと,昔イギリスで演奏家ユニオンがサンプラーの祖先であるメロトロンの使用差し止めを請求して,もめたことが記憶に残っていたからである。
私がからんでいた FAIRLIGHT による制作物でも全体の音を厚くするために後ろのほうでうっすらとオーケストラやブラス・セクションのフレーズ・サンプリングを入れたりしていたが,それでさえも『文句言われないだろうなー』とおっかなびっくりで仕事をしていたのである。
その禁忌を破っていきなりヒットを出し,サンプリングを世界的に有名にしたのが,アート・オブ・ノイズのアルバム『INTO BATTLE』やイエスの『ロンリー・ハート』である。これらを作ったプロデューサーがトレバー・ホーンなわけだが,このヒット以降,多くの FAIRLIGHT ユーザーは『これやっちゃっていいんなら,俺だってやっちゃうよ!ほんとにー!』というわけで堰を切ったようにフレーズ・サンプリングの嵐が始まったわけである。
●サウンド・ディスク用のフロッピー・ディスクは,自分では市販の生ディスクからフォーマットして作ることができず,初期の頃には FAIRLIGHT 用フォーマット済みディスクを 10 枚セット 10 万円で購入しなければならなかった。
しかし,私のやっていた TPO というプロジェクトでは, FAIRLIGHT 購入時にオーストラリアで研修を受けた際に,フォーマット用のシステム・ディスクを 1 枚くすねて来たので自分たちでディスク作成が可能だった。
●上記のシステム・ディスクには, FAIRLIGHT 用の各種チェック・プログラムが入っており,ハードの故障チェックをおこなうこともできる。
これらは FAIRLIGHT の初期から開発用に使われていた Q-DOS というディスク・オペレーティング・システム上で動いている。Q-DOS はモトローラが開発した M-DOS という DOS に FAIRLIGHT 独自の命令(ライト・ペンの命令など)を追加したものである。また FAIRLIGHT は,ディスク・ドライブに楽器用のソフトではなく Q-BASIC などのディスクを入れて立ち上げると,ベーシック言語の走るコンピューターとしても作動する。
Q-BASIC を使って書かれたプログラムには”ハノイの塔”(古すぎて知らない人も多いと思いますが)などのゲームもあるが,面白くもなんともなかった。
●日本で最初に FAIRLIGHT が使われたコマーシャルは,なんとカメリア・ダイアモンドの CF においてである。ファラ・フォーセットが虎(ライオン?)と向かい合って『ドライブ・ミー・クレイジー』というやつである。
●FAIRLIGHT の日本への輸入は松下電器がおこない,その販売をナニワ楽器(現カメオ・インタラクティブ>メガフュージョン)がおこなった。なお現在 FAIRLIGHT (III以降)の扱いは, FAIRLIGHT JAPAN がおこなっている。
●コンピューター・ミュージックのプロジェクト TPO では日本で初めて FAIRLIGHT を導入した。この導入はナニワ楽器が同機の販売を始めるよりずっと以前のことである。いきさつは TPO のプロデューサーが六本木の飲み屋で英語が通じなくて困っているオーストラリア人の通訳をしてあげたが,その人はオーストラリア大使館のスタッフで,今度同国製のシンセサイザーのデモンストレーションをおこなうので見に来ないか?という話になった。 FAIRLIGHT を見たプロデューサーは即購入を決意し,スタッフと共にオーストラリアまで行き,1 週間の導入講習を受けた後,なんと手荷物で FAIRLIGHT を持ちかえって来た。
通関が面倒だというので(当時コンピューターを使った楽器というのは誰にも理解できなかったので),家具とテレビということにして入国したのである。
●FAIRLIGHT のシステム・ソフトはバグが少ない。特にシーケンサー・ソフトのバグによる停止率はマックのパフォーマー4.2(5.xじゃないよ!)よりも低いだろう。同機のシステム・ダウンの問題点はソフトよりもハードにあった。この楽器には本体内に 15 枚前後の基盤がささっており,この基盤と本体とのソケット部分の接触不良により,システムが止まってしまうことが非常に多かった。
このトラブルの解決策は,もちろん基盤を何度も抜き差しする,叩く,殴る,といった現在のコンピューター故障時の対処法と同じである。
●現在 FAIRLIGHT を購入しても,グラフィック・ディスプレイのブラウン管が故障している場合が多い。このブラウン管はもう製造されておらず,ほとんど手に入らない。そこで,簡単な対処法としてグラフィック・ディスプレイのコネクターの 4 ~ 5 番ピンを AV 機能のあるマック(TV/ビデオ・システム付の LC 630 以上)につなぎ,マックをモニター代わりにしてしまうことができる。このとき,マックの設定で信号の種類を PAL にする。 FAIRLIGHT を作っていたオーストラリアは元々イギリスの植民地だったため,ビデオの仕様が PAL なのである。
ただし,このやり方の場合,当然ライト・ペンは使用できなくなる。しかし FAIRLIGHT ではほとんどの機能(ページ 4 の倍音加算は壊滅状態だが,ページ 6 のペンによる波形描写など,大体はOK)をアルファ・ニューメリック・キーボードで操作できるので,それほど大きな問題にはならない。
●FAIRLIGHT のデモ・テープには,どういうわけかモーグ博士が FAIRLIGHT の演奏をバックにデジタル・ミュージックについて語る(それも結構長い),というバージョンがあるが今となっては結構アイテムかもしれない。
●その後 FAIRLIGHT 社は正確には FAIRLIGHT ESPという社名になり, FAIRLIGHT のハードはシリーズ III の MFX-III というシステムになっている。これは完全に MA(マルチ・オーディオの略でビデオやフィルムに音をつける作業)用の業務機となっている。楽器としての FAIRLIGHT はシリーズ III までで,時期としては FAIRLIGHT 社が倒産した1988 年までに製造されたモデルがこれにあたる。
シリーズ III まではモニターはモノクロだが III の MFX からカラー・モニター対応となった(ただし楽器用ソフト部分はモノクロのまま)。現在販売されている MFX 仕様の FAIRLIGHT には楽器部分のソフトは付属しておらず、旧タイプの MFX シリーズを探さないと、楽器ソフトは付属していない。旧タイプの MFX の楽器部分も、内容は 1988 年に FAIRLIGHT 社が倒産した時点のままの内容で,バグ修正やバージョン・アップは今後もおこなわれないという。
●FAIRLIGHT サウンドは現在では音ネタの CD として数社から発売されている。アート・オブ・ノイズのJ・J・ジェザリックが作った『THE ART OF SAMPLING』の音ネタは半分近くが FAIRLIGHT のファクトリー・サウンドであり,この中には FAIRLIGHT III のときにおこなわれた音ネタ・コンテストの応募作まで収録されており,僕が作ったアジアの民族楽器の音までちゃっかり流用されている。頭にきたから今度アート・オブ・ノイズのフレーズをサンプリングしまっくって何か曲でも作ってやらねば。
●FAIRLIGHT は全世界で 300 台くらい売れたらしい。日本では 20 ~ 30 台くらい売られたはずなので(うち上記の TPO が 2 台所有),中古を探すのは至難の技だろう。1980 年代後半にビンテージ物が底値の頃,渋谷のヤマハなどで 40 万前後で売られているのは見たことがある。いずれにしろ完動品は少なく(特にディスプレイ),メンテナンスもビンテージ・ショップを頼りにするしかない。
外部とのインターフェイス
●シリーズI:
MIDI/CVともに不可能。
内部のシーケンサー(MCL 等)でシーケンスを作り,Sync インプットにクロックを送ればシンク演奏は可能。
●シリーズII:
アナログ・インターフェイスの改造がしてあれば CV/ゲートのコントロール可能。改造してあるCMI はリア・パネルの下部に 4 つの黒いコネクターがついている。
それ以外では内部のシーケンサー(MCL 等)でシーケンスを作り,Sync インプットにクロックを送ればシンク演奏は可能。
●シリーズIIx:
MIDI コントロール可能。
アナログ・インターフェイスの改造がしてあれば CV/ゲートのコントロール可能。改造してある CMI はリア・パネルの下部に 4 つの黒いコネクターがついている。
それ以外では内部のシーケンサー(MCL 等)でシーケンスを作り,Sync インプットにクロックを送ればシンク演奏は可能。
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