Analog Synthesizer Lecture

Moog IIIc vs Arturia Moog Modular V2

I.VCO 比べ II.ピッチ/フィルター III.音作りa IV.音作りb V.音作りc

 この原稿は2005年頃に無料紙のデジレコに掲載した原稿に筆訂正しています。


V.Arturia で音作りc:


4.元祖テクノ?タンジェリンドリーム


 タンジェリンドリームはシンセサイザーだけ(正確には各種キーボードとほんの少しのギター等)による3人組のグループだ。Moog IIIc 等のシンセでアンビエント系のサウンドを作ったり、シーケンサーを使ったオスティナートを駆使した演奏方法は現在でも学ぶ所が多い。


 タンジェリンドリームが本格的に Moog Modular を取り入れだしたのは「フェードラ(Phaedra)」というアルバムからで、シーケンサーを使った演奏としてはその次に出た「ルビコン(Rubycon)」が面白いだろう。以下にシーケンスをうまく利用した参考あるアルバムを掲載する。

 

     

 

 アルバム「ルビコン」では Moog 960 シーケンサーのステップのスキップ機能と、3列目のシーケンスをリズムパターンのコントロールに使う方法を用いている。Arturia ではシーケンサーの考え方に違いがあるため、全く同じパターンを作るのは難しい。シーケンスは Part 1 の 7'15" から始まり、少しずつ音列が変化しながら盛上がっていく。恐らく3列ある音列の1列目をベースに、2列目をパーカッションに使用して、各々のステップをスキップさせてフレーズに変化を持たせている物と思われる。

 

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Moog 960 シーケンサー


 シーケンサーにセットできる音数は1列に8音、シリアルに使用した場合3列で24音を演奏できるわけだが3列目はリズムコントロールに使用していると考えられ(スイッチの切り替えで3列目の CV アウトを自分自身のステップ送り用オシレターに接続)、1列目を音列の記憶に使って下の譜例のような音をセットし、それを雰囲気に合わせて切り換えていると考えられる。シーケンスの出だしはステップ2と4をスキップ(Arturia では Next Step でコントロール)、続いてステップ2のスキップを解除、更にステップ1〜6を繰り替えさせ、その後3列目のCV で音符の長さを変更している。Aurtira ではリピートを変更してフレーズを作れば良いだろう。

 

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譜例8つのボリュームにセットする音程


上記のセットされたパッチデータ
 サンプルパッチデータはここをクリックして解凍し、import で読み込む

 

 なおタンジェリンドリームはこの後、更に複雑なシーケンス作りに取り組むため、様々なシーケンサーの組み合わせや新機能を搭載したカスタムシーケンサーを導入して行く(アルバム「リコシェ」等)。しかし、使い勝手の良いデジタルシーケンサーが徐々に登場して来たため、今聞くと皮肉にも初期の単純なシーケンサーを使い倒した音作りの方が新鮮に聞こえてしまう。


 また、アルバム「アンコール(Encore)」を聞くと、多くの人が「違和感を覚える」発言をするが、おそらくその理由はエドガーフローゼがギターでブルースのスケールを弾くからだと思う。全体に神秘的にアンビエント系サウンドが流れる中で、いきなりブルースが来るのである。実はエドガーフローゼはメロトロンでもブルースのフレーズを弾いているのだ。ところが、メロトロンの音でブルースを弾いても不思議なことにブルース風にならない。だが、ギターで弾けばやっぱりブルースはブルースだった、というわけだ。

 エドガーフローゼはその後、息子と共に、タンジェリンドリームの名前で、いきなりロック系サウンドのバンドを始めてしまう。アンコールのブルースフレーズを聞くと「もしかして、エドガーフローゼって、実はロックやりたかったのかな?」と思えてしまう。

 


 なお、タンジェリンドリームは80年代に入り、時代の流れにそってデジタル機材を導入する。大概のアナログシンセ系グループはデジタル機材を入れてつまらなくなってしまうんだけど、タンジェリンドリームのライブ「ロゴス」は、デジタル機材を巧く消化している。

 


 


5.なぜかニューウエーブ派に指示されたロジャー・パウエルの「エア・ポケット」


 ロジャー・パウエルはトッド・ラングレンのグループに在籍したキーボードプレイヤーだが、如ボブ・ジェームスのバンドに入って来日していたり、CGのソフトを書いたり、シーケンスソフトを作ったり、と多彩な人物である。そんな彼が 1980 年に発表したのが「エアポケット」というアルバムだ。当時日本では話題にならなかったが、アメリカのキーボード誌では賞を受賞している。

 


 実際にアルバムが作成されたのは 70年代終わりと書かれているが、MC-8 等のデジタルシーケンサーではなく、Imsai というコンピューターキットにインターフェイスボードを接続して Moog System-55 をコントロールしていたらしい。この中に登場するリズム隊は元祖打ち込みリズムというわけだ。

 

Imsai1

Imsai のコンピューター


 

Imsai2

Imsai のカタログ      

 

 で、凄いのはドラムの音、特に当時アナログシンセで作るのが難しいとされていたタムやシンバル系の音を作っているという点だ。シンバルサウンドはホワイトノイズで作られている物も多いが「緊急着水」という曲で聞かれるシンバル音(特に左側でリズムを刻むチャイナシンバル系のサウンド)は「ホワイトノイズにしては金属的だ」と当時、シンセ音作りマニアの間で話題になった。そんな中で得られた一つの結論が、ホワイトノイズではなく、複数の VCO をモジュレーションしまくって、ピッチ感を持ったノイズを作っているのではないか?という事だった。現在のテクノロジーで言えばFM 音源を使用して作られたシンバルサウンド、という事になるだろう。概念図を以下に示しておく。

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上図のパッチデータ

 サンプルパッチデータはここをクリックして解凍し、import で読み込む


 また、タムの音は後にローランドの TR-909 で有名になる3つのオシレターを鳴らす、という方法で作られている。この場合、ADSR の信号を VCO に送り、ピッチがスィープダウンする音を3組作る。VCO の波形はサイン波か三角波が良いだろう。これにノイズの音を足して VCF>VCA に送り音を作るのである。


 


 以上のように色々と書いてみたが、これらは不思議にも Arturia のプリセットにはほとんど含まれていないサウンド作りだ。Moog Modular V のマニュアルを見ていても気付いたが、より多くのパッチ例と各モジュールの使い方を示さないと折角の多機能をユーザーが生かし切れないのではないか?と感じた。Arturia で作られた驚くようなサウンドが音楽市場をにぎわす事を期待したいと思う。



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