Analog Synthesizer Lecture

Moog IIIc vs Arturia Moog Modular V2

I.VCO 比べ II.ピッチ/フィルター III.音作りa IV.音作りb V.音作りc

 この原稿は2005年頃に無料紙のデジレコに掲載した原稿に筆訂正しています。


.VCO 比べ:


 さて、それでは1回目の対戦は Arturia の Moog Modular V2 対 Moog IIIc で行ってみよう。以下各々を Arturia, IIIc と記する事にする。
 

<参考>Moog IIIc のチュートリアルビデオ


 

Arturia/Moog Modular V2(商品の価格等は上の画像をクリック)


 


Moog のモジュラーシンセの種類と Arturia がシミュレートしている VCO:


 まず基本的な事だが Moog のシステムシンセには、System 1〜3、Moog I〜III(各々に P タイプ と C タイプ がある。P はポータブルの略で黒いレザー張りの縦型タイプ、C はコンソールの略で木目のケースに入った横長タイプ)、そして System 10, 12, 15, 35, 55 がある。ちなみに System-55 は世界に一台だけ刻印を間違えて System-45 になってるオマヌケ機種が存在するそうだ。各々のタイプはサイズや組み込まれているモジュールに違いがある。
 

P タイプ C タイプ

 

 最も大きな違いはオシレターに 901 シリーズと 921 シリーズがある点だ。初期 System 1〜3 は 901、Moog I〜III では最初 901、後期は 921、System 10 は 901、System 12, 15, 35, 55 は 921 となっている。このうち、最も有名なのが IIIc と System-55 と思われる。キース・エマーソンやタンジェリン・ドリームが使用しているのが IIIc である。あのステージにドカ〜〜ンと配置された木目キャビネットの3段積みシンセだ。

 モジュラーシンセの写真は Vintage Synthesizers という本に色々載っているので参照してみると良いだろう。

 


 Arturia ではこのうち 921 オシレターをシミュレートしている。オリジナル Moog で言えば IIIc か System-55 をシミュレートしたという事になるだろう。901 と 921 オシレターの違いは 901 が初期型で安定度が低く、オシレターシンクや波形のスタート位置のコントロール(例えば鍵盤を弾くとビブラートの音程が上に向かってスタートするか、下に向かってスタートするか等)が無かった点である。901 は安定度が低く、細かい事が出来なかった代わりに非常に太い音が出るのが特徴で、アナログシンセの超マニアックデータ本「A-Z of Analogue Synthesizers: A-M Part 1」でも「安定度は最悪だけど、音はリッチ」と評されている。


 以下の写真は私が所有する Moog モジュラーの設置されたコーナーである。左から System-12、その下が Paia のフィンガードラム(指でパッドを叩いてシンセがコントロールできる)、Roland System-100 の 102 モジュール、Korg MS-20、中央上が EEW(日本のハンドメードシンセ工房)の Moog Filter のクローン版、その下が Moog IIIc、メロトロン、右が Roland System-700、EML-101 となっている。

 

Photo1

 

 で私のシステムは System-12 が 921 オシレター(写真上)、Moog IIIc が 901 オシレター(写真下)となっている。1970 年前後のプログレロック系のCDを持っている人はステージ写真等をよ〜く見てみよう。Moog のモジュラーシンセが並んでいる場合、901 が入っている物と 921 が入っている物が判別できるはずだ。

Photo2

921オシレター
 

 

Photo3

901オシレター(この部分はクローン版で 9501オシレター)


 


Moog の3種類のモジュール:


 更に Moog のモジュールは「R.A.Moog」と書かれたモジュール(写真左)と「Moog Music」と書かれた(写真中央)2種類のモジュールが存在する。前者が前期型、後者が後期型で使い勝手は同じだが、もしオークションに出されているような場合には恐らく「R.A.Moog」名義のモジュールの方が価格が高くなるだろう。ついでに Moog Music は商標権が一時 Dr.Moog から離れてしまった時期があり、別な会社が Moog Music の名前を使って販売したモジュールがある。このモジュールは本物の Moog モジュールより若干色が灰色がかっており、9xx という表示の代わりに 95xx と表示されている。例えば 901 は 9501 になっている(写真右)。

 なお商標権は Dr.Moog が裁判で無事取り戻して現在に至っている。

 

Photo4 Photo5 Photo6

R.A.Moog        Moog Music        別 Moog Music

 


それでは波形比べ:


 で、テストであるが音源の VCO の波形を色々なモジュールで比べてみた。ただ波形は見た目が似ていたからといっても聞いた音が同じとはならないのであくまで参考として見て欲しい。特に Moog のオシレターの場合、常に波の形が変動しているため、そういった時間軸での比較も必要になって来る。Arturia ではこの時間軸上での変化もエミュレートするため、True Analog Emulation(TAE)という技術を用いている。


 図1abcd では鋸歯状波について Moog 901b, 921b, Arturia, System-700 で見比べてみた。921b と Arturia を見てみると非常に似た形をしている。小さな図で見ると波形の傾斜が直線に見えるが、拡大してグラフィックツールで直線を引いてみると、コンデンサーの放電をシミュレートしたわずかな曲線になっている事がわかる。今回波形を取り込んでみて分かったのだが、実機の 901b, 921b では1つ1つのモジュールの波形が見事に全部違っていた。これは早い話、私の Moog がメンテ不足だ、という事に他ならないんだが、常に完璧にメンテされた IIIc をいじっている人は過去〜現在においてほとんどいないと言えるだろう。という事は本気で IIIc のような機材をエミュレートするには、更に不安定要素を多く付け加える必要があるかも知れないという事だ。実はこの点については先日の Arturia 社長のフレデリックさんとも話しており「電源を入れてすぐとか温度による違いをシミュレートするモードを付けたら?」という意見は彼も面白い、と言っていた。

 

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図1aMoog 901b の鋸歯状波

 

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図1bMoog 921b の鋸歯状波
 

 

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図1cArturia の鋸歯状波
 

 

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図1dRoland System-700 の鋸歯状波


 


 今回のテストで分かったのは更に「ツアーで3ヶ月調整してない Moog」とか「アラスカの倉庫に1年間保存したままの Moog」なんていうモードがあったら面白いという事だ。実際、私のメンテ不足の IIIc で作った音のピッチ(及び波形)はガタガタだったが、それこそが往年の Moog の分厚いサウンドの秘密でもあると再確認した。ちなみに下図は、同じ IIIc に入った別の VCO の鋸歯状波だ。上図と見比べてみるとその違いがハッキリ分かる。

 

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調整が不十分な 901 VCO の鋸歯状波


 

 三角波に至っては私の IIIc はかなり壊滅的だった。ただし波形で見るほど実機の三角波の音は他と違って聞こえるわけではない。あくまで見た目が違うだけだ。しかし VCO のピッチを LO にセットして LFO の代わりにこの不安定な波形を使用するとビブラートのピッチが綺麗に上下しない等の問題が起こって来る。だが、それはそれでまた面白いという所がアナログシンセ実機の楽しさでもあると言える。

 例えば Emerson Lake & Palmer のアルバム「トリロジー」の一曲目「永遠の謎 Part-1」のオープングから35秒で始まるシンセメロディーのモジューレーション波形は、どう考えても奇麗な波形ではないと思われるが、だからと言って不快ではないし、一種独特なサウンドになっている。

 実は Moog IIIc を手に入れるまで、この妙なモジュレーションは一体どんな複雑な方法で作っているんだろう?とずっと疑問だったのだが、何の事はない、エマーソンの使っていた Moog IIIc の VCO の波形が不安定だからこういうモジュレーションになったのだ、とハッキリ分かった次第だ。

 真似しようと思って出来るもんでもないので、やはりこれは貴重だと考えるべきだろう。



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