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MC-8:

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MC8ALL
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  ウンチク :

●MC-8 が登場するまで,一般的なコンピューター・ミュージックの印象というのは前衛的/わけのわからないもの,というものであった。ましてやそれがポップスの世界に持ち込まれようとは世界中のほとんどの人が想像すらできなかったことだろう。

●MC-8 はカナダの作曲家ラルフ・ダイク氏によって個人的に開発されていたデジタル・シーケンサーをベースに作成された製品である。ダイク氏はシンセサイザーを中心とした音楽制作活動に従事しており,地元カナダの CF 音楽等を手がけ,またマニピュレーターとして EW&F や TOTO のアルバムにも名前がクレジットされている。

 MC-8 の原型となったシーケンサーはダイク氏所有の個人スタジオで使用されていたが,これを ROLAND の社長である梯(かけはし)氏が見い出し権利を取得,製品として発表するにいたった。


●MC-8 の登場は,それまでの音楽制作のセオリーを大きく覆した。MC-8 以前のシーケンサーのうちアナログ・シーケンサーと呼ばれていたタイプのものは,ボリュームを 1 つ 1 つ調整して音程や音の長さを設定し自動演奏を行っていた。したがって単純な話,16 個のボリュームのついたシーケンサーなら 16 音までの音列しか演奏できないということになる。しかも一度ボリュームを動かしてしまえば,それを再現するにはもう一度最初から全てをやり直さなければならなかった。

 また当時発売されていたデジタル・シーケンサーは,演奏できる音列数は多く入力も鍵盤を弾くことによって行えるという利点はあったものの,そのデータを編集したり保存したりという部分については非常に貧弱な機能しか備えていなかった。


●MC-8 の生みの親であるダイク氏によるデモ・テープ『Odd Rhythm』は衝撃的だった。この曲ではコンピューターの演奏による複雑な変拍子の中をパーカッションが動きまわり,しかもメロディーは人間には弾くことのできない早弾きであったにもかかわらず,バッキングのコードパターンにはしっかり抑揚(ダイナミックス)が付加されていた。この曲は MC-8 の全体のサウンド紹介や,このコーナーのオープニングにデモで掲載しているので参照のこと

 これらの要素は当時のアナログ・シンセサイザーがかかえていた表現力の問題点を一挙に解決するものであった。もしシンセサイザー・ノーベル賞なんてのがあったら僕はまっさきに MC-8 に一票入れますね。


●ご存じの方も多いと思うが,その頃のシンセサイザーは全て電圧の高低で動作をコントロールしていた。コントロール用の電圧には CV(コントロール・ボルテージ)とゲートの 2 種類がある。CV は主に”音程の高い/低い”や”音色の固い/柔らかい”や”音量の大きい/小さい”を制御する。

 たとえば,VCO に送る CV が高ければ高い音程が,低ければ低い音程が出力されるわけだ。そしてもうひとつの電圧ゲートでは音が出るか出ないかを制御する。ゲート電圧がある電位を超えるとシンセサイザーのエンベロープ・ジェネレーターが働き,音が出ることになる。MC-8 はこれら CV/ゲートを,プログラミングした正確なタイミングで出力するマシンというわけである。


●MC-8 での演奏データ作りは,基本的には全てテン・キーによって行われる。カタログにはキーボードからの入力も可能と書かれているが,残念ながらこれはあまり実用的なものではなく,当時の MC-8 購入者もほとんどの人はテン・キー入力を使ってデータ作成を行っていた(後継機の MC-4 ではこの部分が大幅に改善されている)。MC-8 のデータには CV,ステップ・タイム,ゲート・タイム,テンポ,MPX の 5 種類がある。

●データ作成手順としては,まず CV データだけをまとめて入力する(最初に入力するのは音程制御に利用する CV が一般的)。CV データは 12,24,36,48,60...をドの音程データとする。たとえばセンターの C を 48 とするならその半音上の C# は 49,D は 50,D# は 51 といった具合で,オクターブ上の C は 60 となる。

 次にこの CV を進めていくタイミング(=音符の長さ)であるステップ・タイムを入力する。MC-8 では一般的に 4 分音符を 48 という数値にし,8 分音符ならその半分の長さの 24 ,16 分音符なら 12 ,というようにデータを入力していく(4 分音符の音をいくつの数値にするかはタイム・ベース・ボタンで変更することも可能)。

 さらにステップ・タイムで設定した音符の長さのうちどのくらいの間,音を出し続けるかを決めるゲート・タイムを入力する。たとえば同じ 4 分音符(ステップ・タイム=48)であってもスタッカートとレガートでは音の出る長さが違うわけである。ゲート・タイムではステップ・タイムで指定した音の長さのうち,どのくらいの長さ,音を鳴らすかを設定するわけである。

 以上を入力し,テンポを指定することで MC-8 は正確なタイミングで CV/ゲートの信号を出力する。 MC-8 では同時に 8 つまでの CV/ゲート信号をプログラム/出力可能である。


●上記のように MC-8 のデータには CV ,ステップ・タイム,ゲート・タイムの 3 つの他にテンポと MPX がある。このうち,テンポは 1 ステップごとに変化するテンポ・データを作成できる。テンポのデータ構造は CV の入力とほぼ同じで,テンポデータを入力した後,それを 1 ステップずつ進めるステップ・タイムの長さを入力する(この場合ゲート・タイムの入力は必要ない)。


●MPX はマルチプレックスの略で 6 個までのゲートのオン/オフを出力できる。これはドラム等のように CV を必要とせず,ゲート信号だけを出力したい場合に利用すると便利である。

 もちろんゲート信号を出力するのに CV,ステップ・タイム,ゲート・タイムを利用してもよいわけだが,この場合メモリーを多く食ってしまう。MC-8 ではメモリー容量が最大でも 16Kバイトだったため,できるだけメモリーを節約する必要があり,このような機能が追加された。

 ちなみに通常の CV,ステップ・タイム,ゲート・タイムでは 1 ステップの演奏あたり,それぞれに 1 バイトずつのメモリーを消費するが,MPX の場合は MPX,ステップ・タイムの 2 バイトだけで 6 つまでのゲートのオン/オフが制御できる。つまり MPX には音程を制御するようなデータや音符の長さを指定する概念がない代わりに 1 度に多くのゲート信号のオン/オフをコントロールできるわけである。

 また,MPX の 7 番目を指定するとポルタメントのオン/オフも可能である。この場合あらかじめボリュームで設定したポルタメントが CV 1 の出力に使用できる。


●他の特長として MC-8 ではデータを全てコンピューターが管理しており,1/10 秒単位までの時間制御が可能であるため,タイミング調整が微妙に必要なコマーシャル等に多用されるようになった。


●MC-8 は作成したデータを市販のテープに記録できる FSK 方式のテープ・インターフェイスが搭載されており,自宅で作った演奏データを外部のスタジオに持ち出して音作りをするといった作業が容易になった。

 FSK インターフェイスはデータの記録のほかにテープとのシンクロ・インターフェイスとしても利用される。最初に MC-8 を演奏させたときにシンク・アウトからシンク信号をマルチ・トラックのテープに録音する。次に演奏するときには録音したシンク信号を MC-8 に戻してやる。そして,MC-8 をシンク・モードにすれば, MC-8 は 1 回目の演奏に完全にシンクして作動する(もちろん作成したデータがあっていればの話だが)。これを利用することにより,非常にたくさんの声部の楽曲を正確に演奏させることが可能となったわけだ。

●MC-8 で出力されるのは 1 オクターブを 1 ボルトとして設計された CV と,ゲート・オンときに出力される +15V(または 0V,スイッチで切り替え可能)の電圧である。したがって接続するシンセサイザーのセッティングによっては様々な音作りも可能となる。

 たとえば CV を VCA に接続すれば音量の大小もコントロールできるため,演奏に抑揚をつけることが簡単に可能となった(今ではベロシティーやコントロール 7 番は常識の機能となっているが)。

 他にもシンセサイザーの VCO のセッティングを 1.7V の電圧で 1 オクターブ変化するようにセットすれば 17 音音階のように現代音楽制作に利用することも可能であった。


●ユーザーとして有名なのは冨田勲氏(アルバム『宇宙幻想』以降),松武秀樹氏(YMO が有名),東海林修氏(コロンビアのアニメ系イメージ・アルバムで多用),神谷重徳氏(アルバム『ムー』,『ファラオの墓』),またポップス系ではジョルジオ・モロダー(アルバム『E=MC2』)なども有名である。変わったところではオスカー・ピーターソンも MC-8 ユーザーである。


●冨田勲氏のアルバムでは『宇宙幻想』の中の『ホラ・スタカート』で初めて MC-8 が使用されているが,コンピューターを使った抑揚のコントロールなど学ぶべき点は非常に多い。


このアルバムのホラスタッカートはとにかく聞くべき

ドナサマーやフラッシュダンスを手がけたプロデューサーのソロ作。上質の MC-8 ポップス。

あ、この MC-8 私がやった(笑)。キティでちょっと頼まれて...音楽はミカバンドの今井さん。


●販売台数は全体で 300 台程度らしいが,そのうちの数台は全くのアマチュアが購入している。


●MC-8 登場以前,コンピューターにシンセサイザーを演奏させたり,コンピューター自身に音を出させるという試みはあるにはあったが(これを精力的にやっていたのはアスキーや I/O の創立時の関係者だった)まだまだ基本的なピッチを安定して発振させるというあたりをウロつく状況であった。

●MC-8 を習得するには楽譜を正確に書き,それを数字に置き変えて入力していくという膨大な作業が必要である。最初のうちは面倒でも譜面を一度数字に置き変えた打ち込み表を作り,それをもとに打ち込み作業を行ったほうがいいが,慣れてくれば譜面を見ながらドンドン打ち込みができるようになる。

 残念ながら MC-8 では鍵盤からデータをインプットするというのはほとんど不可能である。これは主にステップ入力時に表示するデータの考え方の間違いが原因であった。

 これについての詳しい情報は MC-4 の解説に記載したので参考にしてほしい。いずれにしろ,鍵盤から入力したデータをあとで修正するくらいなら,最初から数値によるインプットのほうが楽だったのである。


●MC-8 では作成したデータの保存をテープ(主にカセット・テレコ)にデータとして記録して行っていた。当時の安いコンピューターのほとんどがこのカセット・インターフェイスを採用していたわけだが,これの問題点はカセット・レコーダーのクオリティーが低かったり,安いテープに録音するとデータが正しく保存できないというところだった。

 これを解決する方法は,データ用のカセット・レコーダーを自分で持ち歩き,録音時と再生時には必ずそれを利用するということであった。またクオリティーの低いデータをなんとか MC-8 に読み込ませるために ROLAND のシステム・シンセ『System-700』を利用して音質や位相を補正したりという涙ぐましい努力も行われていたのである。


●MC-8 では外部のテープと同期演奏させるための同期信号として,カセットと同じ FSK 変調のシンク信号を使用していた。これも多重録音を繰り返し信号音が劣化すると,うまく演奏が同期しなくなることがあり,こういった場合にも System-700 で同期信号の音質加工を行った。

 もちろんこの信号は現在の SMPTE のように何小節目の何拍目などというデータを指定できるはずもなく,曲の最後の部分だけを演奏させるためにも,その曲の頭の部分から演奏させ必要な場所までじっと待たなければならなかった。


●MC-8 では頻繁にエラーメッセージが表示される。エラーの場合には LED ディスプレイが点滅し,全ての演奏を停止してしまう。この場合には再びプレイボタンを押す必要がある。上記のように 1 曲の最後の部分のためにじっと待っていたのに演奏部分寸前にエラーメッセージが表示されると精神的ダメージが大きかった。この原因は本体とインターフェイス部をつなぐケーブル部分からパルス信号を拾ってしまうためと噂されていたが真相は謎である。


●16 Kバイトのメモリーをフルに使用した場合,カセットへのデータ・セーブには約 20 分の時間がかかった。またセーブしたデータはエラーがないかどうかをチェックするため,さらに 20 分かけてベリファイ(確認)してやるのが安全であり,計 40 分の休憩時間が必要であった。

 もちろんベリファイ中にエラーが発生したらセーブを最初からやり直すわけだし,間違って電源コンセントを抜いてしまうと,データは全て消えてしまい,スタッフ一同思わず約 10 分間踊りを踊ってしまったりしたものである。


●某作曲家の MC-8 はメモリーが 48 Kバイトに改造してあり,テープでのデータ・セーブ/ロードには約 1 時間必要であった。一度この MC-8 を使用して ROLAND のデモ・ライブを行おうとしたが,本番寸前に電源ケーブルに足を引っかけた人がいて,ライブ中止というのがあった。


●MC-8 が世界初のデジタルシーケンサーと宣伝されていたように書かれる事もあるが、私はそういった記憶はない。世界初の「まともに使える」デジタルシーケンサーだったらアリでしょうけど...世界初のデジタルシーケンサーは、恐らく EMS の Synthi-100 または Synthi-AKS に搭載された 256 ステップの物が最初だと思うんだけど、自信ありません。

 Synthi-100 / AKS もどちらが先に発売されたか諸説あるようである。ただし発表は 1971 年だったようである。


●というわけで,MC-8 は今さら買っても使い物にならないだろう。特に鍵盤からの入力は全く不可能と考えたほうがいい。買うのであれば MC-4 をお勧めする。MC-4 であればアナログ・シンセのコントロールに現在でも全く問題なく利用できるだろう。

 また,MC-8 と 4 を両方使い分けるのは IQ 200 以上(!?!)が必要なのでやめといたほうがいいですよ!


外部とのインターフェイス

CV/ゲートのイン/アウト:あり。ゲートは +15V または -15V に切替可能

MIDI:改造は不可能

その他:FSK シンク・イン/アウトあり。