Analog Synthesizer Lecture

Arp Odyssey vs GMEDIA Oddity

1.概要  2.比較  3.音作り1  4.音作り2

 この原稿は2005年頃に無料紙のデジレコに掲載した原稿に筆訂正しています。


3.音作り1:

 

序章:Odyssey の型番について(または三谷シャチョーに捧ぐ):


 第一回で「Odyssey の型番が 2800 である」と書いた所、本誌の三谷シャチョーが「2600 の間違いではないのか?」とかなり真剣にかつ心配そうに何度もメールしてきた。どうやら他誌でも Arp の特集があったため、社会的信用があまりない私の書いた文章が心配になったらしい。これ以上、三谷シャチョーに心労をかけてシャチョーの白髪混じりの髪の毛がハ◯になってしまう事を避けるためにも、型番についてもう少し解説しておこう。


 Arp のシンセとして有名な2機種と言えば 2600 と Odyssey であるが、2600 は型番号がそのまま製品名として通った製品だ。これに対してその後発売になった型番 2800 には Odyssey という名前が付いて売り出されたわけだ。正確には 28xx という番号が正しい。例えば 1972年に発売された Odyssey の Rev1 は #2800 だったが、1975年のモデルチェンジで Rev2 (黒パネルに金文字)の後期には #2810 に変更され、Rev3 では #2820 になっている。さらにこれらにはマイナーな番号のアップグレードがあり、型番は全部で8種類あると言われている。8回の型番変更での違いは見た目の他にボードの変更がある。フィルターボードの種類が3つ、オシレターボードの種類が2つ、そして CV&Gate 端子と前回紹介したピッチベンド用パッドの PPC の標準装備だ。時期によって外形の Rev は変わっても内部が変わっていなかったり、その逆だったりと複雑で、詳細は細かくなり過ぎるので割愛する。ただ、前回書いたフィルターの立ち上がりの問題は初期の白パネルの物と Rev2 後期以降の物で大きく違う。したがって、コシのあるファンクベースを希望する人はやはり実機の白パネルにこだわるべきなのかもしれない。


 


Odyssey サウンドが聞きまくれる「ヘッド・ハンターズ」:


 キーボードプレイヤーのハービー・ハンコックが 1973年に発表したアルバム(下記リンク)。恐らく初期の Odyssey 使用アルバムと言ったら誰でもあげるのがこのアルバムだろう。特に Odyssey によるシンセベースサウンドとジャズ/ロック/ファンクが一体になった曲作りは後の音楽シーンにも多大な影響を与えた。メイン曲である「カメレオン」では印象的なシンセベースに始まり、クラヴィネットやフェンダーのエレピをたっぷり聞く事ができる。アルバムクレジットには書かれていないんだが、中間部に出てくるストリングス/パイプサウンドはメロトロンではないか?という気がしてならない。

 

 

 で、問題のベースサウンドだが、前回紹介したように Odyssey Rev1 の白パネルのフィルターによるサウンドである。

 

シンセベースのサンプルパッチはこちら0

ソロのサンプルパッチはこちら

 

 更に途中(頭から4分5秒)から始まるシンセソロでは Odyssey には難しいと言われているスライドボリュームの操作を駆使した演奏を聞く事が出来る。Odyssey のスライドボリュームが固くて動かしにくいというのは経年変化による部分もあり、同機が現役時代にいじっていた頃にはもうちょっとボリュームはスムースに動いていたような記憶がある。


 で、この中でハンコックがやっているのはフィルターのカットオフフレケンシーを動かす(5分20秒前後)、フィルターに対する LFO モジュレーションをさせながらリピートフレーズを弾く(4分57秒から)、ポルタメントを上げ下げする(5分17秒)、2つ目のオシレターのピッチを ADSR で変化させながらギターのダブルチョーキングのようなフレーズから始まってメチャメチャな激しいピッチ変化を作る(4分39秒から)等、非常に多くの技を披露しているのでキーボードソロを勉強したい人はシンセいりじの他にスコアも採譜して研究してみる価値が充分にあると思う。当然このサウンドは Oditty で真似る事ができ、コントロール類を Midi キーボードにアサインしておけば同様の効果を付けた演奏ができる。


 また、このソロの中で重要な役割を果たしているのがテープエコーだ。アルバムクレジットには使用機種までは書かれていないが、資料から推察するにマエストロのエコープレックス(下の写真参照)ではないか?と思われる。この時代のテープエコーはリピートタイムを変化させるために、モーターの回転速度を変えるのではなく、録音ヘッドの位置をマニュアルで強引に動かして録音/再生ヘッド間の距離を変えていた。現在比較的手に入りやすいテープエコーにローランドの製品等があるが、これらはエコータイムを変えるためにテープを駆動するモータースピードを変えている。これはモーターのスピードを安定して変化させられる技術が確立されたために出来るようになった事で、初期のエコーではモータースピードを変化させると回転速度が不安定になってしまったのだ。そこで、強引にヘッドの位置を手で動かす、という方法をとっていたのである。
 

EchoPlex1

マエストロ(トム・オーバーハイムの会社)製のエコープレックス:

センターの横方向に見えるレバーを左右に移動すると
再生ヘッドの位置が動き、ディレイタイムを強引に変更できる


 今考えれば信じられないようなアナログ/マニュアルな世界だが、実はこのお陰で当時のエコーは現在のエコーでは真似できない妙なサウンドを作る事ができたのである。そのひとつの例がカメレオンのソロ5分55秒から聞かれるピッチのフラフラと揺れた不思議な余韻だ。特に6分25秒あたりでシンセのフレーズの隙間にヨロヨロと揺れながらピッチが降りていくサウンドが聞かれる。これはエコープレックスのヘッド位置を揺らす事によって出す事ができる。このエコープレックス(または当時出ていたこれに類するエコー)では、ヘッドの位置を物凄く早く移動するとギターのフィードバックのような過激なサウンドが得られる。1970年代のギタリストで夭逝したトミー・ボーリンなんかの演奏をよく探してみるとこういったサウンドが出てくるので、シンセマニアの人以外も要チェックだと思う。


 そしてソロラスト部分(6分43秒から)では、初期 Odyssey では難しいと言われていたピッチベンド奏法を聞く事が出来る。ここではフレーズを全音ずり上げ、最後には半音ベンドアップしたままでフレーズを弾きながらベンダーを元の位置に戻してフッとキーが戻るというトリッキーな演奏をしている。当時、このようにソロのフレーズを瞬間的に半音上げて弾くというのがジャズ/ロック系(フュージョンという言葉はまだ出ていなかった)で流行しており、後述のチック・コリアやヤン・ハマー等もよくやっていた。



カメレオンのライブ映像:

左手で Odyssey (Rev2)、右手でクラビネットを弾いている

残念ながら、映像と音がほんの少しズレている


 ハービー・ハンコックの Odyssey によるサウンドは他のアルバムでも聞く事ができる。アルバム「デディケーション」(下記リンク)ではアコースティックピアノ2曲とエレクトリックサウンド系2曲が収録されている。「Nobu」では S/H で作られるランダムピッチのリズムに合わせてフェンダーのピアノとストリングス(Arp PE-IV=ソリーナ)が演奏される(ごく一部 Arp Pro-Soloist のフレーズあり)。ほとんど一発録音だが演奏が上手いとここまで聞かせられるという例だろう(ま、世界屈指のキーボードプレイヤーなんだから当たり前か)。「カンタロープ・アイランド」ではカメレオンでも登場したファンクベースサウンドを聞く事ができる。こちらは多重録音をしたサウンドだが同曲はアルバム「シークレッツ」にも収録されている。元々は 1964年にブルーノートレーベルからリリースされたアルバムに収められたジャズ/ロックの曲。各々全く違うアプローチで作成しているので比べてみると面白い。下手すると3つが同じ曲だと気がつかないほどアレンジが違うのである。

 

 

S/H のサンプルパッチはこちら

 

 同時期に録音された「マンチャイルド」でも Odyssey サウンドを聞く事ができる。演奏/音色作りのアプローチはカメレオンとほぼ同じ感じだが、この時期(1975年前後)のハンコックのシンセソロはカメレオンよりもロングトーンの中で音色を入れ替えていく事に興味を持っていたようで、長いフレーズの中で LFO のサイン波でフィルターを動かしながら音源の VCO の音を徐々にノイズにすり替えたりしている(3曲目のザ・トレイターの4分40秒から)。同様のネタは彼の来日公演を収録したアルバム「洪水」でも聞く事ができる。CDで聞くとロングトーンの効果音が延々続き、結構飽きるのだが当時のライブを見に行った人の話ではシンセのロングトーン演奏中に視覚効果に訴える演出があったらしい。できればビデオで見てみたいものである。

 

  

 



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