●Mellotron 400 は鍵盤を押すことによって,あらかじめ音が録音されたテープを再生し音を出す楽器である。テープは約 7 秒間で終わってしまうが,鍵盤から手を離すと約 0.5 秒で頭に巻き戻される仕組みになっている。したがって 7 秒以上のロング・トーンは演奏できない。
ロング・トーンも演奏できるようにテープをループにしてしまえばいいではないか?と考える人も多いが,ループにしてしまうと音の出始めのアタック感をつけることはできなくなる。たとえばピアノのようなサウンドはループしたテープでは再現することはできなかったわけである。
●7 秒以上音を出し続けたい場合には,マルチ・トラック・テープの2つのトラックに交互に音を録音していき,ミキシングで 2 つの音をうまくつなぎあわせるか,音を弾きながら 7 秒以内にほんのちょっとだけ鍵盤から手を離し,テープを少しだけ巻き戻させながら演奏する必要があった。
●Mellotron は 1960 年代初頭にハリー・チェンバリンの開発した楽器『Chamberlin』をもとにイギリスのブラッド・マチック社が作った製品である(この会社はテープ・ヘッドなどを扱う会社であった)。初期の Mellotron (Mark-II)は鍵盤が右/左に 2 組あり,左で伴奏パターンとフィル・イン,右手でメロディーを弾くという形を想定して作られていた。その後モデル 300 に続き 1970 年から製造され始めたのが有名なモデル 400/400SM である。
●Mellotron 400 は 3 トラックのテープを使用し,3種類の楽器音を出すことができる。テープは 3 トラック構成で音が録音されていたが,ヘッドは当時価格が高かったため,モノラル・ヘッドを 35 個使用し,トラック切り替えはこのヘッドの位置を動かすことによって行っていた。したがってトラック・セレクター・スイッチを A と B の中間,または B と C の中間にすると,両方のトラックのサウンドをミックスすることもできた。
そこで,Mellotron 用のテープの音の組み合わせは,隣り合う 2 つのトラックの音色をミックスして使えるような組み合わせで買うことが望ましかった(テープは同じ音色でも 3 つの並び順が違うものが販売されていた)。
●購入時についてくるテープには,チェロ/フルート/ストリングスの 3 つの音が入っている。これだけでも充分楽しめるが,他にもオプションとして多数のサウンド・ライブラリーが用意されている。オプションで最も有名なのは混声合唱だろう。これらのサウンドはリック・ウェイクマンのイエス在籍時の演奏やソロ・アルバムで多数聞くことができる。
●Mellotron サウンドでもっとも有名なのは恐らくキング・クリムゾンのファースト・アルバム『クリムゾン・キングの宮殿』であろうが,残念ながらここで使用されているのは 400SM ではなく,Mark-II である。ここで使用された Mark-II は 1994 年夏に中古市場に放出されている。
●日本では 1972 年頃から輸入が開始されたが,最初に輸入を始めたのは楽器メーカーではなく外車を輸入しているディーラーだった!
●初期の 400 ではモーターのトルクが弱く,和音を弾くと音程が下がる,とミュージシャンには不評(Mellotron を弾いている人はいいが,それに合わせて演奏する人達はたまらない)であった。
●Mellotron はその後,製造メーカーの倒産で名称を Novatron に変更したが,楽器そのものは同一のものであった(プレートを剥がすと下から MELLOTRONICS の文字が現れた)。また一般的に Mellotron 400 というと白いボディーが有名であるが,中にはウォールナット仕上げのものもあった。
●Mellotron 400SM を 2 台入れたタイプの Mark-V などもごく少数製造された(ただし Novatron 名義で色は黒)。これらはタンジェリン・ドリームやクラウス・シュルツが使用しているので有名である。Mark-V はコントローラー部分が鍵盤の手前についているので,すぐわかる。
●1993 年になって Mellotron マニアの手により”The Mellotron Album”と銘打った『Rime Of The Ancient Sampler』(古代サンプラーの詩,とでも訳すのか?)という CD が発売された。アルバムには Mellotron マニア(中にはマイク・ピンダーやパトリック・モラーツもいたりする)による新曲が収録されている。
アルバム最大の聞きどころはラストに収録された 1964 年の Mellotron デモ・レコードである。たった 1 本の指でこんなサウンドが!と,録音されたリズム・ループを演奏したり,それに合わせてオルガン・サウンドを演奏したりしている(デモにはデュアル・キーボードの Mark-II が使われている)。
現在アルバムが手に入るかどうかは不明だが,発売は Voiceprint,CD 番号はVP141CD である。私は渋谷 Wave のプログレッシブ・ロックのコーナーで発見した。
●Mellotron 400のテープには以下のような種類がある。
●ストリングス系:
バイオリン(3 人のユニゾン,大編成オーケストラ向け)
バイオリン(3 人のユニゾンだが音の軽いもの)
ビオラ・ソロ
チェロ(ソロまたは重音演奏)
バイオリン&ビオラ 1(ユニゾン)
バイオリン&ビオラ 2(ユニゾン)
ビオラ&チェロ(ユニゾン)
ストリングス・セクション(3 バイオリン,ビオラ,チェロのユニゾン)
●木管楽器系:
フルート(ソロ)
クラリネット(ソロ)
オーボエ(ソロ)
バスーン(ソロ)
木管セクション
●金管楽器系:
トランペット(ソロ)
トロンボーン(ソロ)
フレンチ・ホルン(ソロ)
トロンボーン×2(ユニゾン,キー 1 ~ 18 )&トランペット×2(ユニゾン,キー 19 ~ 35)
テナー・サックス(ソロ)
テナー・サックス×2(ユニゾン,キー 1 ~ 18)&アルト・サックス×2(ユニゾン,キー 19 ~ 35)
ブラス・セクション(トランペット,トロンボーン,サックスのユニゾン)
ブラス・セクション(シンセによるトランペット,トロンボーン,サックスのユニゾン)
●ボイス:
女性コーラス(4 人のユニゾン)
男性コーラス(4 人のユニゾン)
混声合唱 1(女性 4 ,男性 4)
混声合唱 2(15 人)
ボーイズ・コーラス(16 人)
●オルガン:
ハモンド・オルガン 1(アタックあり)
ハモンド・オルガン 2(教会オルガン・サウンド,レスリー付)
フル・パイプ・オルガン(ロンドン,St.John’s Wood Churchで収録したサウンド)
●アコースティック・パーカッシブ・インストルメンツ:
グランド・ピアノ(ベース音域)
ジャングル・ピアノ(ホンキートンク)
ギター
マンドリン
マリンバ・ロール
ビブラフォン(ビブラートあり)
ビブラフォン(ビブラートなし)
グロッケン
チューブラー・ベル
ティンパニー
ティンパニー・ロール
●エレクトロニック・パーカッシブ・インストルメンツ:
フェンダー・ローズ・ピアノ
クラビネット
エレクトリック・ギター
シンセサイザー・エフェクト
MOOG ブラス・エフェクト
MOOG ベース
MOOG/VCS 3 エフェクト
●効果音等:
犬,猫,ライオン,拍手,飛行機,ピストン,ヘリコプター,雰囲気音,車,ベル,ブザー,その他多数。
●初期の Mellotron サウンドはミュージシャンのエリック・ロビンソンによって制作されている。
●オプションでまず揃えたいのは合唱関係だろう。次にパイプ・オルガンあたりは持っていて損はない。逆にサンプラーの方がいいかな?と思うのはオーボエである。この音ならEmu Proteus 2 の勝ちである。またビブラフォンやピアノ等,立ち上がりの鋭いサウンドは Mellotron 本体の調整がしっかりしていないと,使い物にならないので注意が必要だ。もし調子の良い Mellotron が手に入ればビブラフォンでイエスのアルバム『海洋地形学の物語』の 3 曲目冒頭の早弾きフレーズにも挑戦できる!
●Mellotron の調整はなかなか難しい。鍵盤奥には 2 つのネジがついており,これで回転するキャプスタンとヘッドとの圧着度を調整することになる。
ネジを締めすぎると鍵盤を多数押したとき,モーターに力がかかりすぎ,音程が下がってしまうし,鍵盤から手を離した瞬間にテープが巻き戻りながらヘッドに接触してしまい,カチ!っというノイズが出てしまう。また,締めが甘いとピッチが安定しなかったり,音がかすれてしまったりする。
●リック・ウェイクマンなどの有名な Mellotron ユーザーの写真を良く見ると(『ヘンリー 8 世と 6 人の妻』等)たいがいの場合,鍵盤の左側に 5cm ほどの不自然な空きスペースがあるはずだ。これは,この部分にあるパネルが鍵盤に引っかかってしまい,一番下の鍵盤を押すと元に戻らなくなるのを防ぐためである。造形の悪いものでは反対の右側のパネルも引っかかってしまう。
これの簡単な対処法がパネルをはずすというやりかたなわけだ。ただし長期にわたってパネルをはずすと中にゴミが入りやすくなり故障の原因となる。楽器を大事にしたい人はパネル部分(木製)をカンナで削って整形するといいだろう。
●現在(2008年頃)ではアメリカに MELLOTRON ARCHIVES という会社があり,ここが Mellotron 関連の権利を買い取って補修パーツの販売やメンテ,売り買いの仲介まで相談にのってくれる。交換テープだけでなく,今まで手に入りにくかったモーターやコントロール・ボード,モーター・ベルトまでほとんどのものが手に入るので安心して Mellotron を使いましょう!
●1980年代に入り、MELLOTRON の権利を取得した MELLOTRON DIGITAL は Digital Mellotron なるサンプラーを発売しようとした。モックアップのデザインはなかなかカッコ良かったのだが残念ながら発売には至らなかった。米国 NAMM ショーでこれを見た人達はみな『中でテープの代わりにフロッピー・ディスクが回ってんじゃないの?』と笑ったものだが,実はその段階で Digital Mellotron はまだ完成しておらず,展示品の中味はシーケンサー・ソフトを走らせた IBM-PC と,2 台のアカイ S-900 だったという。
●1990 年代に入り Mellotron マニアが手作り Mellotron (名前は違うけど)を制作した。仕様は 49 鍵/16 トラック/4 チャンネル・アウトで$7000 ~ 8000 くらい。欲しい人が多ければ製造します,とのことである。
●どういうわけかバックに Mellotron の音が入った東南アジアのポップスが 1980 年代後半に集中して発売になっている。誰か中古 Mellotron を手に入れたんだろうな。アジアのメロディーのバックにヨーロッパ・サウンドの代表とも言える Mellotron の音が使われているのはなぜか気持ちがいい。聞いてみたい人は,Amazon 等でアジアのポップスを探してみるといいだろう。
●Mellotron のユーザーでちょっと変わった人というと,まず俳優のピーター・セラーズ,そしてリチャード・クレイダーマンあたりだろう。他にも日本の某コメディアンが持っているのをテレビで見た!などマニア間での噂があってなかなか面白い。
●メロトロンがイギリスの音楽家ユニオンに訴えられたという件については「メロトロン訴訟の顛末」を参照。
●Mellotron の中古はたまに見かけるがモーターやテープが駄目になっているケースが多い。したがって多少高くともメンテをやってくれるショップから買うほうが安心だろう。最近は Mellotron のサンプリング・ディスクも何種類か発売されているが,やはり本物に勝るものはない。
この独特な魅力的サウンドは本物でしか手に入りませんぞ!
外部とのインターフェイス
CV/ゲートのイン/アウト:なし
MIDI:改造は不可能
|