Music Column

7. メロトロン訴訟の真相:

注:

社名の表記:メロトロンを作っていた Mellotronics社は BradMatic → Streetly Electronics → Mellotronics と名前を変えていますが、話を分かりやすくするために Mellotronics 社で社名を統一して表記します。


 メロトロンはサンプラーの祖先と言えるでしょう(元祖ではない)。

メロトロンについて詳しくはこちらを参照していただくとして、メロトロンにまつわる有名な伝説があります。それは「メロトロンは音楽家ユニオンに訴えられ販売中止になった事がある」という話です。


 この話はサンプラーやサンプリングを使用したリズムマシンでも同様の噂が立った事があります。メロトロンでの使用停止訴訟に関しては話に尾ひれが付いて「イギリスで販売できなかった」とか「いやユニオンが訴えたのはアメリカだ」等あるようです。実際には以下のような話のようです。


 まずイギリスの音楽家ユニオンの訴えについてですが、これは

1:メロトロンが使われると、音楽家が職を奪われる

2:メロトロンの音作りに協力したミュージシャンは、自分の音が他人に使われても一銭も収益を得られない


 という点です。実際、イギリスの音楽家ユニオンは、この点についての1967年に声明を出しています。これに答える形でマイク・ピンダーが音楽家ユニオンに対してメロトロンのデモンストレーションを行いました。マイク・ピンダーはムーディー・ブルースのキーボード・プレイヤーとして有名ですが、同バンドに参加する前、Mellotronics 社に在籍していた事があり、メロトロンに一番詳しいだろう、という事でデモを行ったようです。


 その結果、音楽家ユニオンは「メロトロンによる音楽家の失業は電子オルガンのそれよりも軽微である」と結論づけ、訴訟とはなりませんでした。電子オルガンによる失業ってのも大笑いな気もしますが...


 トラブルについては別件がありました。それは「メロトロンの音ネタ制作に関わった BBC のミュージシャンに対して使用料を支払うべし」という BBC の労組に加盟するミュージシャンによる労働争議でした。このために短期間メロトロンの使用が BBC 内部で中止された事があるようです。ただし、この件は参加ミュージシャンに補償金を払う事ですぐに解決し、結果としてメロトロンの音ネタに関する知的所有権は Mellotronics 社に帰属する事になりました。


 どうやら、訴訟の件はイギリスの音楽家ユニオンと BBC の件がゴチャゴチャになって伝わったのが原因のようです。特にイギリスではユニオンが強いという説があり、その辺に尾ひれがくっついた形だったようです。他のイギリスのユニオンの件では、例えば Gerry Anderson のサンダーバードで「番組中に人間の俳優も出すべし」という、ほとんど嫌がらせのような要求が俳優のユニオンからあり、苦肉の策として操縦席の機械をいじるような手元のアップだけ本物の俳優が演じているというような事が実際にあったようです。


 また別な俗説として「アメリカではメロトロンの中古が手に入りにくい。その理由はアメリカの音楽家ユニオンがメロトロンの販売を停止するよう要求した結果、アメリカにはメロトロンが輸出されなかった。その結果、アメリカに現存するメロトロンの数は非常に少なく、したがって中古市場にも物が出回らない」という物です。これも恐らく上記のような噂が膨れ上がったものと考えられます。


 メロトロン自体がイギリスの楽器であるし(ただし大元のチェンバリンはアメリカ製)、当時、楽器の流通がイギリス<>アメリカ間でそれほど大きな貿易のウェイトを占めていなかった事もあるでしょう。


 多少話はそれますが、例えば Moog の例で言えば、アメリカで開発された Moog はイギリスでは手に入れにくかったという状況があったようです。また日本でもアメリカからよりイギリスの楽器情報の方が入手しやすかった事があります。これは香港がイギリス植民地であった関係で、距離的に日本に近い香港からのイギリス情報の方が、アメリカより入手しやすかったという事のようです。いずれにしても60年代~70年代初頭までは世界で流通する情報の量は今よりもずっと少なかったという事です。


 で、アメリカのメロトロンの話に戻りますがアメリカにメロトロンの代理店が出来たのは大分時間が経ってからのようでした。しかし、メロトロンによる音楽(主にプログレッシブロック)が大々的に盛り上がるのは70年代に入ってからであり(イエスやキングクリムゾン等)、それらのヒットがアメリカに浸透した頃にはすでにメロトロンの代替機種が登場していました。それが1974年に登場したソリーナです(ソリーナについてはこちらを参照)。


 それまでに不安定な事、重くてライブに向かない事を指摘されていたメロトロンに代わってソリーナは急速に市場に受け入れられました。その結果、メロトロンの売れ行きは落ち、アメリカのキーボードマガジン(当時はコンテンポラリーキーボード誌)に積極的に広告が載った頃には時既に遅し、という感じになっていました。また、アメリカの代理店の経営上の問題もあったためメロトロンはアメリカではあまり売れませんでした。これがアメリカの中古市場にメロトロンが出回りにくい説の真相だろうと考えられます。


 ただし別な説もあり、タンジェリンドリームのエドガー・フローゼによると、同グループのイギリス公演の際、あるコンサート会場から「メロトロンを使うなら別料金を払え」と法外なお金を要求された事があるそうです。この辺も情報が錯綜する中で、お金になりそうなネタにつけ込んだ悪質な行為だったのに、それがいつの間にか訴訟の噂に発展したのではないかと考えられます。



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