Music Column

6. 最初の盗人は誰か?:

注:この原稿は2004年10月に無料誌のデジレコに掲載した物に加筆訂正を行っています。


 アメリカで元フレーズが分からない場合でも、人のネタを勝手にサンプリングして使ったらダメという判決が裁判所で下った。これにはヒップホップ系の人からブーイングが出てるらしいが「このくらいなら分からないだろう」という判断は曖昧だしトラブルになったら泥沼間違いなしだから、今回のようにキッパリと言い切った判決はスッキリしてむしろ爽快だった。


 ネタのピッチを変えたりして使用するという手はサンプラーが出る以前からあった。恐らく60年代の英国BBCの制作物あたりが最初じゃないかと思うんだが(もちろん彼等はネタも自分で作ってたわけだが)、許可を取ったのかな?という疑問符が付きだしたのはブライアン・イーノの My Life in the Bush of Ghosts あたりからじゃないかと思う。ここでは新興宗教のラジオ伝道番組、警官の職務質問、中近東の山人の歌声とかを編集してリズム隊に合わせている。もちろんサンプラーはないのでテープを切り貼りしてチマチマ作っていたわけだ。


 そしてサンプラーの登場だ。人の音をサンプリングして使うと面白いのは分かっていたが、クレームが恐いので誰もやらなかった。だがそれを勢いで出して来たのがアート・オブ・ノイズ(以下 AON)だ。彼等はレコードのフレーズをモロにサンプリングしてそれまでに考えられなかった音楽を作って世に出した(実際にはプロデューサーのトレバー・ホーンがやった?)。AON がやって最も挑戦的だったのはアルバム「Into Battle with the Art of Noise 」の Army Now という曲だと思う。この曲の元ネタは恐らく映画「ホワイト・クリスマス」に使われている Back to the army now って曲じゃないか?と思う(ただしサントラや映画の中の一節なのか、それとも数あるカバー盤の中のどれかなのかは不明)。このホワイト・クリスマスは著作権管理にうるさい事で有名で、ちょっとでもテレビとかでフレーズを歌おうもんなら権利管理者が文句を付けて来ると噂になっていた。Army Now はそういった管理者に対する皮肉もこめて作られたんではないか?と推察される。実際、この曲は Army Now というボーカルフレーズのピッチを変えたり弾き直したりして滅茶苦茶にして遊んでおり、更におちょくったようなドラムが後ろで鳴っているという曲なのである。


 AON では他にも  TOTO IV~聖なる剣  のフレーズとかストラビンスキーのフレーズとか色々なネタが入っている。そして80年代終わりにこれに目をつけてサンプリング音ネタCDを発売したのが Zero-G だ。この Zero-G ファイルは違法音ネタの宝庫で、サンダーバードの5,4,3...のカウント、ジェームス・ブラウンの叫び、冨田勲氏のシンセサウンドまで「よく平気で出したねえ」というくらいヤバイ音満載である。かく言う私もこのCDを使って曲を作ったりしているので突っ込まれるとマズイ...


 また AON のJJジェザリックもしたたかで、90年代には AON の音ネタを「Art of Sampling by ART OF NOISE's JJ Jeczalik」というCDにして出している。ところがこの音ネタ、ほとんどがフェアライトのファクトリーサンプルなのである。CDが出た時、フェアライト社は倒産し、再起した同社は音楽機能を捨てて映像向け音響システムの会社になっていたので文句も出まい、と踏んだのだろう。このCDの音ネタの中にはフェアライトが行ったサンプルネタコンテストで私が出して入賞した民族楽器の音も含まれていた。私は入賞してフェアライトから7万円貰うか、次回のフェアライト製品購入時に割り引きしてもらうか?で後者の割り引きを選んでたんだけど、フェアライト社が潰れて話はウヤムヤになってしまった。ドタバタに乗じて儲けたのはジェザリック氏ひとりだったというわけだ。


 冒頭の話に戻るけど、誰かが一度でも音ネタパクリをやって、とがめられないと、周囲の人間も「あ、いいわけね、じゃ俺もやっちゃうもんね」というわけで歯止めが効かなくなりだす。しかも、みんながやり出した状態で注意でもしようもんなら、逆に注意した人間が批難されたりする世の中になってしまった。そういった意味でも今回の判決は意味ある事だと思う。


 で、タイトルの最初の盗人なんだけど「ブライアン・イーノ」って事でどうでしょうねえ?



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