Analog Synthesizer Lecture

メーカー激怒...か? 本物 vs バーチャル対決シリーズ:

 この原稿は2005年頃に無料紙のデジレコに掲載した原稿に筆訂正しています。



 というわけで、今回からバーチャルシンセとその実機を比べるシリーズをめる事にした(いきなり断定形だな)。まず第一回は前フリという事で、使用する言葉の定義や、現在情報収集可能と思われるリソースを紹介しておきたいと思う。各記事は1機種ごとにハード面から考察する回と、それを使用した有名な演奏の具体的セッティングや演奏法について解説する回に分けて進めて行く。ただし有名な演奏と言っても実機が販売されていた当時の演奏なので、最近の若手が演奏しているような曲は取り上げない(しかし CD は簡単に手に入る物のみを選んでいる)。取り上げる機種は私が実機を持っていて具体的に比較できる物にする事にした。

 代表的なバーチャルシンセのリンクを以下に載せておこう。

 


 私の持っているビンテージキーボードは大体100台くらいあるが、なぜかプロフェット系は全然持っていない。したがってこのシリーズでもプロフェット5は残念ながら取り上げない。なぜそんな有名な機種を持っていないか?というと、プロフェット5が出た頃、スタジオの仕事で散々弾いてたんで飽きてたというのがある。なにせドクター・スランプからテレサ・テンまで色んな仕事でプロフェットを弾いた。しかもその頃、盛り上がりを見せ始めたオシャレ系フュージョンバンドが、これまた盛り上がりまくった女子大生向けのオシャレサウンドで見た目も良かったプロフェットを使いまくっていたのだ。そういうわけでヘソ曲がりの私は「プロフェットにだけは手を出すまい」と心に誓ったわけである。もし、その時プロフェットに手を出してたら今頃原稿なんて書かないで元オールナイターズの女の子でも奥さんにして、ハワイあたりでノンビリ暮らせるくらい資産家になってただろうと思うとちょっと悔しい...


 でまあ、このシリーズではシンセに使われる用語は実機で使われた言葉を使用する事にする。例えば VCO, VCF 等だ。これらの多くの頭にくっつく VC とはボルテージコントロールド(Voltage Controlled)の略称で「電圧制御」という意味になるんだが、当然バーチャルシンセは内部を電圧制御しているわけではなく、仮想 VC で作動している。したがってバーチャルシンセの解説で「ここの部分の電圧が」なんて書き方をすると「コンピューターの中で電圧が変化してるわけじゃなかろう」とかツッコミが入りそうなんだが、一々説明を実機とバーチャル版で切り換えてると混乱するので旧式の言い方で統一する事にしたい。そこで代表的なアナログシンセの用語を以下に列記し簡単に解説しておこう。
 

 更に詳しい情報については「シンセ用語集」を参照の事。

 


CV:Control Voltageの略

 シンセサイザーの制御電圧のこと。

 この電圧をVCO,VCF,VCAに送り音を作る。CVには鍵盤からのKeyboard CV(KCV,KeyCV),エンベロープ・ジェネレーターからの電圧,LFOからの電圧等,色々なものがある。これら CV を VCO に送れば音程が、VCF に送れば音色が、VCA なら音量が変化する。


 


ゲート :Gate

 シンセサイザーの鍵盤を押している間,出力される信号。

 これをエンベロープ・ジェネレーター(下記参照)に送り音を出すとエンベロープ・ジェネレーターが作動し始める。


 


VCO (電圧制御型発振器):Voltage Controlled Oscillatorの略

 シンセサイザーの音源部分。制御電圧入力(CV IN)にかける電圧の高低によって音程が上下する。高い電圧をかければ高い音程が,低い電圧なら低い音程が出力される。


 


VCF (電圧制御型フィルター):Voltage Controlled Filterの略

 入力の音色を,制御電圧(CV)の高低で変えることができる。一般のシンセには高域成分をカットするローパス・タイプのフィルターがついているが,逆に低域をカットするハイパス・フィルターや,高低の両域をカットするバンドパス・フィルターを装備している機種もある。

 ローパス・フィルターの場合,VCFに高い電圧をかければ,入力の音はそのまま出力に現れ,低い電圧をかければ入力の音色は柔らかくなって出力される(入力側の音色が固い音だった場合)。一般的にはVCOからの信号がこのVCFに送られる。


 


VCA (電圧制御型アンプ):Voltage Controlled Amplifierの略

 制御電圧入力にかける電圧の高低によって出力される音の音量が変化する。高い電圧をかければ大きな音に,低い電圧なら小さな音が出て来る。一般的にはVCFの出力信号がこのVCAに接続される。

 また,LFO(下記参照)等の制御信号の大小をコントロールするためにも利用される。


 


LFO(ロー・フレケンシー・オシレター):Low Frequency Oscillatorの略

 低周波発振器のこと。LFOではビブラートやグロウル等に利用する周波数の低い信号を作り出す。たとえばLFOで作ったサイン波をVCOに送ればビブラート効果,VCFに送ればグロウル効果,VCAに送ればトレモロ効果となる。なお LFO は持たず、VCO の周波数を下げる事によってこの機能を果たすように設計されたシンセサイザーも多い。


 


Envelope Generator(エンベロープ・ジェネレーター):

 ゲート信号が入って来ると、時間と共に変化する電圧を出力する。

 一般的なシンセサイザーは楽器音のもつ最も代表的なエンベロープを作れるよう以下の4つのパラメーターが調整できるようになっている。

 

A=Attack:楽器が鳴りはじめてから,その音量が最大点に達するまでの時間。

D=Decay:アタック以後に楽器の音が減衰していくまでの時間。

S=Sustain:楽器演奏中の持続音量レベル。

R=Release:楽器の演奏をやめてから音が完全に消えるまでの時間。


 これらの頭文字をとってADSRとも呼ばれる。また,ADSRの簡易版ARや,更に複雑なエンベロープを作れる機種もある(ヤマハの シンセサイザー等)。


 


Sample & Hold(サンプル&ホールド):

 インプットに入ってきた信号電圧が,クロック信号の入ってきた瞬間から次にクロック信号が来るまで保持される機能をもつモジュール。

 インプットにノイズを,クロックにLFOを使えば一定周期でランダムに変化する電圧を作ることができる。またインプットにサイン波等を使用すれば、一定間隔である程度の規則性を持った電圧が出力できる。

 また,インプット・ソースにノイズを,クロックにキーボードのゲートまたはトリガー信号を利用すると1音弾くごとに変化するランダム電圧を作ることができる。これを使うと1音ごとに音色の違ったVCFサウンドを作ることができる。



 


 とまあ、用語は面倒臭いが、実際にバーチャルシンセを使う時にも上記の言葉は登場するので覚えておいて損はないだろう。

 

私のチェックポイント:

 さて、では私がバーチャルシンセをいじる時に一番最初に何を試すか?というと、音程等の解像度とサンプル&ホールドによる VCF の変化のエッジの感じチェックである。まず音程の解像度だが、バーチャルシンセではデジタル的にアナログシンセを模倣しているため、ピッチでも音色変化でも完全な直線(または曲線)ではなく必ず段階的に変化している。しかしその変化が微量だと人間の耳には直線的(または曲線的)に音が変化しているように聞こえる。大体、半音を15分割したあたりから段階的な音程変化が聞き取れなくなって来る。ところが複雑なパッチを組んだ場合、この段階的に変化する音程がバレる事がある。


 例えばモジュラータイプのバーチャルシンセで LFO のサイン波出力レベルをアンプでメチャクチャ拡大し、その信号を別な LFO に送る。更にその LFO のサイン波出力をまたアンプで拡大して更に別の LFO に送る。そして3つ目の LFO のサイン波出力を VCO に送ってやる。VCO の出力のひとつは通常のオーディオ信号として聞き、サイン波の出力をまたアンプで拡大して1つ目の LFO に戻す。


 つまり4つのオシレターがお互いに深いモジュレーションをかけあうようにするのだ。これによって得られる音はかなり不規則ではあるが、完全なランダムとも違う不思議な音程となり、エコーをかけたりすると昔風の宇宙船の効果音のようになり結構気持ちが良い。


 アナログシンセではこの場合、音程が段階的に変化する事はあり得ない。しかしバーチャルシンセではプログラムの書き方によっては拡大された CV の階段状の段差がはっきりと音程に現れてしまう事がある。仮に最初の LFO が 0.01V ずつ出力電圧が変化するようにプログラムされていたとする。この場合、ストレートに LFO の信号を VCO に送れば音程の変化は 1/100 半音ずつになり人間の耳には誤魔化しが分からないはずだ。ところがこれをアンプで10倍に拡大してやると音程の変化は 1/10 半音ずつになってしまい、耳の良い人には階段状に変化する音程を聞き分けられてしまう。


 実際のバーチャルシンセではこれよりももっと細かい計算をしているだろうし、アンプの入力に 0.01V ずつ変化する信号が入って来た場合には出力も 0.01V ずつ変化するように階段状の電圧を補完してやれば良い。しかしそれでも入って来る信号が不規則になってくるとプログラムは出力をどのように補完して良いのか?が判断できず音程飛びがバレてしまうというわけだ。上記の例で言えば複雑に絡み合って拡大された LFO の信号がそれにあたる。


 また別な解像度のテストケースとしては VCO の信号を2つの VCA に送ってやり、各々の VCA に ±を逆にした LFO の信号をつなぎ、各々の出力をステレオの左右に振り分ける。これで VCO からの音は左右を飛び交う事になる。LFO のスピードが遅ければアナログでもバーチャルシンセでも結果は同じだ。ところが LFO の速度を極端に上げるとバーチャルシンセでは計算処理が追いつかなくなり、音が綺麗に左右を飛び交わず、移動に隙間が出来た感じがするようになる。これもプログラムが極端な電圧変化をどこまでシミュレートできるか?にかかって来る。


 サンプル&ホールドによる音色変化のケースではサンプル&ホールドの出力を VCF に送り、VCF のレゾナンスは高めに設定する。この状態で VCO から低い音程の鋸状波を送り音色が飛び飛びで変化するようにしてやる。このケースでは VCF に送る電圧が極端に変わった場合、アナログシンセならば音色が急激にカク!っと変わるのだが、バーチャルシンセでは音色の変化になまった感じが出る。これは恐らくフィルターの変化を計算しきれずに音色がなだらかに変化してしまう為と思われる。


 上記の3つのテストはアナログシンセに慣れている人ならすぐに気付くケースだ。別にシリーズで必ずこのテストをするというわけではないが、こんな違いがあるという事は頭に入れておくと参考になるだろう。


見ておくと便利な資料:

 さて、それではバーチャルシンセの実機版の詳しい資料にはどんな物があるか?を最後に紹介しておこう。まず最も有名なのがリットーミュージックから出ている「ビンテージシンセサイザーズ」だろう。この本は元々アメリカのキーボードマガジンの連載記事だが日本版には追加記事がある。またアメリカ版も第2版となっている。

 次に Five-G などのショップで手に入る可能性があるのがイギリスのビンテージシンセ博物館が出している「The Museum Of Synthesizer Technology」という写真集だ。写真集と言っても博物館の庭で館長が趣味で撮影したようなピンボケ写真もあるが、資料としては貴重だ。そして、この博物館がオープニング時に作ったビデオがあり、これには200種類以上のシンセの代表的な物を実際に演奏しており、かなり参考になる。ただし中にはどう考えても著作権をクリアしていないような ELP のライブ映像等があり、恐らく開館時に勢いで作った物が市場に出回ったのではないか?と思われる。もし見つけたら即買いだ。なおこの博物館は現在存在しない。

 さらに Peter Forrest 著の「A-Z of Analogue Synthesizers: (Part 1 and Part 2)」は、700台以上のシンセの特長、中古価格(1994年時点)等が掲載されている驚異の資料集だ。この本は建て前上は8000冊の限定生産と書かれている。2014年現在、ネットで探しても手に入りにくいようだ。

 現在イギリスで行われているビンテージシンセのオークション Vemia はこの本が母体となってスタートしている。またドイツ版キーボードマガジンが発売したシンセ資料集「Sythesizer Von Gestern」というのもある。いずれも多くは廃刊になっていると思われる。アメリカでは eBay のオークションや amazon.com の中古書籍を探してみると良いだろう。また、これらの本の大元になっている「Contemporary Keyboardist」(アメリカ版キーボードマガジンの原形)やシンセサイザーの専門誌「Synapse」さらにマサチューセッツ工科大学発刊の「Computer Music Journal」も参考になるのでインターネットで探してみると面白いと思う。